南シナ海紛争:中国の核心的利益の多角的防衛ージェームズ・タニングリー

南シナ海をめぐるヨーロッパの

南シナ海の領有権をめぐるフィリピンとの争いで、常設仲裁裁判所(PCA)は中国の主張を退ける判決を下した。中国は直ちにこの判決には「根拠が乏しい」と主張し、PCAに「法の悪用」とのレッテルを貼った。予想されたことではあるが、この中国の反応は領有権が中国の「核心的利益」の重要な一部になりつつあることを示しており、中国政府のこの姿勢は強固である。

南シナ海をめぐる中国とフィリピンの対立は数十年に及ぶ。中国との水面下での幾度にもわたる議論の末、フィリピンは2013年に勧告的意見を求めてこの問題をPCAに申し立てた。法に基づく判断が地域安全保障の力学に影響を及ぼすと考える立場の多くが、フィリピン政府の立場を支持した今回の判決を「小国(small guy)」の勝利として好意的に受け止めている。PCAが発表した公式文書には「中国が主張する『九段線』の内側の資源に関する歴史的権利には法的根拠が無く、中国は南シナ海における『歴史的領有権』を有していないと、この仲裁裁判は結論付けた」と明記されたのだ。

国際法の外側で行動し、ますます「高圧的」な中国に対する勝利としてこの報道は世界中に広がった。これに対して、中国外交部は改めて「中国は南シナ海において歴史的権利を有している」、「われわれの立場は関連する国際法と慣習に基づいている」と表明し、中国が今回の判決を無視するという立場を明らかにした。

中国の反応

中国政府が判決を無視することは大方の想定どおりだが、PCAの権限を否定し審理への参加を拒否しただけではなく、判決による影響を最小限にするために中国政府が世界中で行った明らかな先制行為に人々は眉をひそめた。

主要国に駐在する中国大使の多くが、この判決の信用に傷をつけるために海外メディアを利用するという手段をとった。例えば劉暁明駐英大使は6月10日のテレグラフ紙に「南シナ海での火遊びはやめろ」と題して寄稿し、そのなかで「PCAにはこの件に関して判決を下す権利が全くない。フィリピンが起こした裁判は海洋的特性と漁業権問題のみに関するものに見えるが、本質的には領有権と海洋境界線の画定という問題と切り離せないものだ」と指摘した。また「領有権は国連海洋法条約の範疇に含まれない」と主張し、さらには中国はわざわざ48か国以上の国家と130以上の政党及び政治団体に声をかけ、それらの全てが中国政府の立場を少なくとも部分的には支持した。

これは中国にしては珍しいことである。キングズ・カレッジ・ロンドンのケリー・ブラウン教授は、「このようにメディアを活用した圧力は過去にもあったが、大抵は中国政府幹部による特定の国へ訪問に合わせて行われるものであった。今回のような全世界に向けたやり方は非常に珍しい」とは指摘する。

核心的利益の重要性

もしPCAの判決を無視することを決めてたのなら、なぜ中国は判決の重要性を低下させるためにそこまでの労力をつぎ込んだのだろうか。その答は中国の動機をどう解釈するかによって違ってくる。中国がより重要な国となり、経済力を高めるにつれて、特に海洋政策においてますます強硬になっている、というのが中国の姿勢についての一般的な説明である。しかしこの説明は完全ではないだろう。中国政府からすれば、これらの行動はこれまでずっと譲らないと主張してきた「核心的利益」を守るための行動である。南シナ海において中国が領有権を主張することは「核心的利益」の拡大解釈によって正当付けられるのである。

2011年の「中国の平和的発展」白書に最も包括的で適切な定義が掲載されており、それによれば、中国の核心的利益には「国家主権、国家安全保障、領土保全、国家再統一、立憲政治制度の保全、社会的安定の維持、経済・社会の持続可能な発展を担保する基本的な法的措置」が含まれている。これが最近では定義の範囲がさらに広がっている。新しい国家安全法について言及した際、全国人民代表大会のある幹部は「核心的利益」には「国家主権、統一、国の領土保全といった政治体制、国民の暮らし、社会における持続可能な経済発展、そしてその他の主要国益」が含まれると述べている。

中国外交部の報道官は、中国の核心的利益には東シナ海と南シナ海の両方が含まれ、これらは「台湾とチベットと並ぶ核心的利益」であると繰り返し述べている。今回のPCAの判決を踏まえると、南シナ海の領有権をめぐって中国が抱えている係争には「国家主権」、「国家安全保障」、「領土保全」が含まれており、中国政府はこれらを核心的利益と位置づけている。中国政府にとってこれは最も重要な点であり、これこそが中国が世界各国との関係を構築するうえでの基盤であると繰り返し強調している。

核心的利益としての南シナ海

「核心的利益」という言葉に南シナ海が含まれるようになった過程には歴史、経済発展、ナショナリズムといった様々な要素がある。アジアにおけるアメリカの存在もまた、領有権を主張する中国のイデオロギー的正当化の引き金となった。中国版モンロー主義の下でアジア太平洋地域を管理したい中国は、この地域からアメリカを排除したいと考えている。

いずれにせよ、中国政府はPCAによる判決を無視するだけにとどまらず、南シナ海における領有権を、おそらくこれまで以上に強硬に繰り返し主張し続けるであろう。究極的に今後を左右するのは法的解釈ではなく、域外国の南シナ海へのアクセスを拒否する能力を構築するという意志をもった決断となるだろう。自ら島と主張するものの領有権を声高に訴えることで、いまや中国は法を無視しており、今後は中国の魅力を振りまく外交攻勢に代わる策が必要となるであろう。しかし、PCAで一時的に辱めを受けたことはともかく、中国政府は自らの戦略が依然として効果的であり、その他どの代替策よりも望ましいものだと確信している事実は変わらない。

執筆者:ジェームズ・タニングリー (英国王立防衛安全保障研究所)

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原文は、2016年7月12日付のRUSI Journalに掲載されたThe South China Sea Dispute: China’s Polygonal Defence of Core Interestsです。