南シナ海をめぐるヨーロッパの「原則に基づいた実利主義」ーテレサ・ファロン

 

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常設仲裁裁判所がフィリピンに有利な法解釈を下したことを受け、また、中国が南シナ海でますます力を誇示するなかで、EUは法の支配への支持と中国政府との良好な関係を維持するという実利とのバランスを取ろうとしている。

南シナ海をめぐる中国の自己主張に対するEUのアプローチは、「原則に基づいた実利主義」と表現できるもので、EUは一方で実利を追求しながら、他方で国際法の原則を掲げてきた。EUにとっての難題は、法の支配を支持するという原則を、中国政府との良好な関係を維持するという実利的な願望といかにして調和させるかということである。

中国政府は、受け入れないと宣言した常設仲裁裁判所の判決を懸念しているだけではなく、国際世論という名の法廷をも懸念している。中国政府は今回の判決の信用を貶めるため、その権威を否定している。さらに中国政府は、世界各国から支持を取り付けようとしている。

ポーランド、インド、フィジーなど様々な国が、判決に対する自国の立場を中国国営の新華社が歪曲して伝えているとしている。一連の流れの中で、国連海洋法条約(UNCLOS)の下での法の支配ではなく、アメとムチを用いて各国に中国が提示する形での二国間関係を支持するよう働きかけたことで、中国は逆説的に対立の国際的側面を浮き彫りにしてしまった。この判決だけで問題を解決することは出来ないが、これにより問題が明確となり、最終的な解決に繋がる交渉プロセスを始める基盤がつくられるものと法学者には広く認識されている。

かつては、EUは南シナ海問題に関わる複雑な問題に対して慎重に立ち回っていた。中国政府は南シナ海の領土問題は多国間の問題ではなく、中国と近隣諸国間にある一連の二国間問題であるとの明確なシグナルを送っていた。それはEUに対してこの問題への干渉を避けるようにというものであった。習近平国家主席がブリュッセルを訪問した後に中国が発行した2014年5月の白書にはこれが明確に反映されている。過去すべてのEU-中国首脳会談の共同声明は、EUと中国が協力して対処できる危険な紛争地域(例えばウクライナ、シリア、リビア)に言及しているが、南シナ海に関しては中国の反対により意図的に記述を避けている。

もちろんEUには中国を敵に回すつもりは無い。EUはすでに域内(移民、テロ、経済格差)と南部と東部の境界線という域外からの問題を抱えている。EUは中国の世界的影響力や国連安全保障理事会の常任理事国という点から、中国を国際紛争における安全保障上のパートナーとして必要としている。さらに重要なのは、中国は落ち込んだヨーロッパ経済を刺激することができる貿易と投資のパートナーであると見ている。

ヨーロッパに対する中国の投資は増加している。ロディウム・グループによると、中国企業は2000年から2014年の間にEU加盟国28か国に520億ドルの直接投資を行った。ヨーロッパの資産を低価格で購入することができるようになった欧州債務危機後に中国からの投資が増加した。中国の対外直接投資(FDI)を最も多く受けたのはヨーロッパの「三大国家」であり、イギリスに138億ドル、ドイツに78億ドル、フランスに67億ドルが投資された。2015年には、ピレリが中国化工集団に売却されたことにより、イタリアが中国のFDIの最大の投資先となった。中国のFDIをめぐりEU加盟国間での競争が中国政府により強い影響力とレバレッジを与えるかもしれない。

EUとその加盟国は中国の「シルク・ロード」、つまり「一帯一路」構想への参加にも興味を示している。この構想は、シルク・ロード財団からの400億ドルと、さらに新設されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金により、中国—欧州間に新たな交通インフラを整備することを約束している。2015年3月にはイギリス、フランス、ドイツ、イタリアがAIIBへの参加を決めた。アメリカがAIIBに反対しているにもかかわらず、EU加盟国28か国のうち14か国がこれに加わった。各加盟国のAIIBへの参加に関してはEUレベルでの調整は行われなかった。中国はEUの政策に影響を与えるためにEU加盟国同士が張り合うようにしむけることをよく手段として用いる。

EUが中国を非難したがらないことは、日本と対立している東シナ海上空に中国政府が一方的に防空識別圏を設定した際、キャサリン・アシュトンEU上級代表が発表した2013年11月の声明にはっきり現れている。当時、この危機を引き起こした原因が中国にあることが明らかであったにも関わらず、EUは全加盟国に対して「状況を落ち着かせるための対策を講ずるように」と呼びかけた。中国を怒らせないように配慮したこの声明は、日本と韓国の怒りを買うという意図しない結果をもたらした。

2015年5月、新たなEU上級代表であるフェデリカ・モゲリーニがシンガポールで開催されたシャングリラ・ダイアローグで、「解決からは程遠い」「ある海洋上の紛争」に触れ、「国際法に基づいた海洋の秩序」を求めたが、南シナ海問題に関して直接発言しなかった。この文脈においてEU、中国、日本、韓国によるほぼ形だけの協力であるアフリカの角での海賊対策に焦点を当て、さらなる強化が可能であると述べたことで、これを的はずれな発言と感じた者もいただろう。2015年にアフリカの角での海賊の攻撃に関する報告はなかった。ゆえに、安全保障・防衛政策についてEUが中国と協力するという想定に、一部のアジアの参加者は困惑していた。

今のところ、EUはアジアの安全と安定を維持するという負担をアメリカに押し付けてかなり満足している。南シナ海に展開する米海軍とオープンなシーレーンから欧州は恩恵を受けている。『アトランティック』誌におけるインタビューでバラク・オバマ米大統領は、EUが政治的・経済的なコストを負担しないことをタダ乗りだと批判した。EUがアジアにおいて実質の伴う行動をしていないことは覆い隠すことが難しくなるだろう。

EUはUNCLOSに参加している。それにもかかわらず、外交官たちによると、中国を怒らせるかもしれないという恐れからハーグでの常設仲裁裁判所の審問にEUはオブザーバーを送らなかったという。審問に個人的に出席した外交官たちはEUがオブザーバーを派遣しなかったことをショックだと語っている。仲裁裁判所の信頼を傷つけようとする中国の姿勢は、EUの法の支配への明確な支持と合わせて、EUのオブザーバー派遣は仲裁プロセスを支持する重要な象徴となり得たであろう。しかしながらEU当局は、オブザーバーを派遣するよりは、むしろ仲裁裁判所の最終判決の行方を見守りたかったとの声明を発表したのだ。この対処療法的な危機回避策で、EUは今回の判決が下されるまでの対応策を考える猶予を得たが、オブザーバーを派遣したASEAN加盟国の前で存在が薄くなってしまった。

おそらく審問欠席への対処策として、またいくつかの加盟国によるロビー活動の結果、EUは2016年3月11日に、南シナ海における国際法の原則を支持するという公式声明(*リンク埋め込みhttp://www.euinjapan.jp/resources/news-from-the-eu/20160311/095945/)を発表した。28か国の加盟国が賛成しなければならないことから、この短い声明を書き上げるまでに数か月を要した。直接中国が言及されることは無かったが中国政府はこの声明にいらだった。声明は中国の小切手外交の限界を実証したのだ。

EUの原則に基づく実利的なアプローチは持続可能なのか。安全保障や経済の観点から、中国との良好な関係維持が必要とする一方で、EUは国際関係を安定させるためにつくられた法を基盤に創設された。よってその基本である原則を破ることはできない。もし破ったなら、信用を全て失うことになる。

仲裁裁判所の判決が発表されたのち、EUは新しい声明を発表することになるはずだ(訳注:EUは20016年7月15日に声明<*リンク埋め込みhttp://www.euinjapan.jp/resources/news-from-the-eu/20160715/123040/>を発表している)。もちろん、中国を直接批判しないよう配慮しながら、国際法の原則を再度掲げるだろう。EU加盟国の28か国が国際問題に関して1つの声明を発表するとき、そのメッセージは非常に重く、破られた際の国際法規範が強化される。アメリカはインパクトを強めるためにEUに共同声明への参加を求めることもあり得る。

しかしながら、つまるところこれらはただの声明である。EUは今こそより強固な形で原則を適用するために困難な一歩を踏み出さなければならない。昨年、モゲリーニはシャングリラ・ダイアローグでこう宣言した:

EUには軍事的な側面もあります。我々の経済面はアジア人が(もちろんほとんどのヨーロッパ人もそうですが)慣れ親しんでいるものです。ですから、どうか我々をただの大きな自由貿易地域とみなさないでいただきたい。欧州連合は安全保障と防衛を提供する外交政策共同体でもあるのです。

しかし、中国政府ははっきりと、EUにはアジアで最も重要な安全保障問題である南シナ海には関わってほしくないというシグナルを送っている。EUがその原則と中国との良好な関係を維持するという必要性を、どのように実利的に一致させるのか、答えはまだ見えない。

執筆者:テレサ・ファロン(欧州アジア研究所(EIAS)シニアアソシエート)

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原文は、2016年7月12日付のRUSI Journalに掲載されたEurope’s ‘Principled Pragmatism’ on the South China Seaです。