英国しか知らない者たちー クリストファー・コーカー

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「英国しか知らない者たち (Who only England know)」。この言葉は、言うまでもなくラドヤード・キップリング(*訳注:19世紀末から20世紀初頭に人気を博した英国の詩人・小説家)の詩、「英国旗(The English Flag)」の一節である。ハロルド・マクミラン首相が行い、失敗に終わった1961年の加盟申請以降、EU加盟に尽力してきた上流階級や父権主義者とは違い、キップリングは自ら選んで保守党支持者となった人物だ。キップリングはサッチャー登場以前に既にサッチャー主義者であり、社会主義とイギリスの保守主義には共通の土台があるという言葉を使って、リベラルなインテリが労働組合に擦り寄るのを毛嫌いした。サッチャーと同様、彼は「三等車の乗客たち」が社会を救うと信じるポピュリストであった。そしてまた、サッチャーと同じように彼自身は三等車をやめて、自由を体現するもの、つまり自動車を選び、二度と列車には乗らなかった。

ただし、マーガレット・サッチャーは政治家人生の大半において熱心なヨーロッパ主義者であり、生きていれば現在のイギリスのEU離脱論争において、心情は別にして合理性の点から残留を選択するはずだと、彼女の首席補佐官であったチャールズ・パウエルは述べている。キップリングにも別の顔があった。彼は一度自分の世界に入り込むと、彼が大英帝国の辺境から描いてきた人々の人生と自らを同化できる驚くべき能力を持っていた。彼は保守党の強硬な帝国主義者、つまりウィンストン・チャーチルと同じように、イギリスのグローバルな役割に刺激を受けていた。キップリングがどのような人物であったにせよ、決して「小英国主義者(little Englander)」ではなかったのだ。

EU離脱支持派に反論すべき点はいくつもある。まず、彼らはEUが健全な状態にある時に末期的な衰退状態にあるかのように面白おかしく書きたがる。実際には、2010年を境にユーロ圏は再び急速に成長しているのだ。恐怖心を与えたくないからと、彼らは有権者に離脱後のイギリスがどうなるかについては触れず、離脱後に起こり得る結果を正直に語る経済学者たちを中傷したがる。国民投票キャンペーンでこれ以上にシニカルな態度はない。

ただ私は、これまで長く国際関係学を教えてきた者として、これとは異なる立場からEU残留を支持している。もしイギリスがEUから離脱した場合、ヨーロッパは極めて弱体化するであろうし、NATOも同様である。今、反独立派が支持を拡大しているスコットランドを欠いたUKもそうであって、そのことをナショナリストは良くわかっている。EU離脱の勝者はロシアや中国、そしてグローバル・ガバナンスのために殆どあるいは全く投資せず、それ以外の国が拠り所にしてきた規範にも全く興味を示さないような国々となるだろう。ベンジャミン・シュウォルツ(*訳注:20世紀の米国の中国研究者)が指摘するように、そして事実そうであるように、中国政府は多極世界の制約にケース・バイ・ケースで対応するに違いない。彼らは有利だと判断したときだけ国際法に訴えるのだ。一方、ウラジミール・プーチンは国際法を破ることが効果的であると考えている。さらに近隣の国々を見ると状況はより深刻である。「民主主義、自由、そして法の支配、これらは我々には全く価値のない言葉だ」と、トルコのエルドアン大統領は宣言している。これはヨーロッパ周辺諸国に広く共有されている感情であり、我々が生きる現在の戦略環境は過去暫くなかったほど危険である。アメリカの元共和党アドバイザーは最近、「世界がここまで無秩序になるのは初めてではないが、今日の例は多様で根深いという点で衝撃的だ」と述べている。

では、離脱支持派の情熱を説明するものは何か。つきつめて考えてみると最も決定的な説明が一つ浮かび上がる。憤り、つまりニーチェがルサンチマンと呼んだ不安、孤独、混乱、失望、怒り、不満、残酷などが綯い交ぜとなったような感情が、EU離脱運動に見られるのだ。もしかしたらこれは、大英帝国の終焉以降、イギリスが世界における存在感を失っていることへの不安感が今なお継続していることの現れかもしれない。しかし、現代の心理学者によれば、世界的な存在感が低下した環境は、もっと外に目を向けて、よりコスモポリタン的で自己中心的ではない国となる圧力だけでなく、そうした時を乗り越えた後の成長をも生み出すものだ。EU加盟後にイギリスが経験した国際政治は、ほぼ間違いなくそういうものであった。

一つ例を挙げるなら、米国との特別な関係の将来に対する明らかなフラストレーションであり、つまりそれは歴史的な時代が過ぎ去ったことへの恐れである。この歴史的時代の終焉は、アメリカの軍事介入主義によって先送りにされたに過ぎず、ロシアの反対に抗ってバルカン諸国に、後に世界の大半の国を押し切ってイラクに介入できたような、冷戦終結後に生まれた介入に寛容な環境があったからである。そうした時代とはトム・フリードマンが次のようなジョークで描いたものである−「もしNATO本部に電話をしたらこのような音声案内が流れますよ。『当組織にご興味をお持ちいただきありがとうございます。プッシュ式電話の場合は次の選択肢をご利用いただけます。NATOに加盟したい場合は1を、平和のためのパートナーシップに参加したい場合は2を、NATO平和維持活動を国内に展開することを希望する場合は3を押してください。戦争に参加したい場合はしばらくそのままお待ち下さい。英語を話すオペレーターが間もなく対応いたします』」。軍事力の行使という点で見れば、イギリスは実力を上回る相手に対抗することができた。これはドイツや日本にはできなかったことである。しかし、アングロスフィア(*訳注:英国と同質の文化を持つ英語圏)は今や歴史の遺物である。アメリカ大統領が軍事介入主義に断固として異を唱えたことと、孤立主義への共感が広がっていることで、イギリスはワシントンでの影響力を失っている。二つの軍事的敗北によってそれまでの評価をも失ってしまった。大方のアメリカ人が政治的立場を超えてEU離脱運動に怒りを覚えているように、ヨーロッパを含むより大きなプレイヤーが世界の未来を左右するのだ。

EU離脱という結果に至った場合、その翌日にはイギリスはアメリカから周縁に追いやられるだろう。それでも構わないと言うのだろう。それはフランスが陥落した直後にジョージ6世が母親に宛てて書いた手紙を思い起こさせる。つまり、「我々が礼儀正しく振る舞い満足させなくてはならない同盟国がもう存在しないことを嬉しく思います」、「我々は不思議と安堵しています」といった記述や、レナード・ウルフ(*訳注:20世紀前半に活躍した英国の作家、バージニア・ウルフの夫)が後に自伝に記した「同盟国を含めた邪魔者がいなくなり陽気な気分だ。我々は曖昧、間に合わせ、経験則というイギリス的手法により一国だけでやっていけるのだ」という言葉が思い起こされる。

そして今、1973年に多くの人が期待したようにヨーロッパをリードするには遠く及ばず、離脱派はイギリスが再び弱体化した現実に直面しているという強い憤りを感じている。ドイツによる支配への新たな恐怖がこれに輪をかけている。この二つが、イギリス例外主義と歴史的な神話づくりを混ぜ合わせたようなものを増幅している。離脱派はイギリスの制度の独自性(uniqueness)を主張するのが好きだが、彼らは個性的である(unique)ことと他と違う (different)ことが異なるものだと認識していない。differentには特別という意味とともに特異、時代錯誤、見掛け倒しという意味もある。例外主義(exceptionalism)は個性的であることとは別物である。これは長年にわたって多くの国が利用してきた歴史的フィクションであり、矛盾した結果を生んできた。オリバー・ウェンデル・ホームズ(*訳注:20世紀初頭の米国連邦最高裁判事)の言葉を借りるなら、ほとんどの場合、例外主義は結局「不明瞭な大前提」になってしまう。

イギリスは国が衰退する状況下で当時の欧州共同体(EC)に加盟した。このとき特に保守党内では、状況が変わればイギリスがヨーロッパをリードするだろうという期待があった。トニー・ベン(*訳注:元労働党下院議員)は閣僚時代に、事務次官がイギリスの官僚機構は最も優秀なのでホワイトホール(*訳注:イギリスの官庁街)は自然の成り行きでECを支配するだろうと断言した、と回想している。しかしながら近年、イギリスの官僚機構の輝きは衰えてしてしまった。国際問題におけるアクターとしてのEUというアイディアに、イギリスが十分にコミットしたことはない。ハロルド・マクミランはよく、「6カ国」(*訳注:独仏伊+ベネルクス)にイギリスが加わるとアメリカやソビエト連邦と同等になると発言した。1971年には、タイムズ紙がイギリスは世界の6大国の5番目だが、ECの一員であれば2位となり、さらに上に行けると書いた。今日のEUはそうではない。イギリスが離脱することで実現されるのはまさにドイツの支配である。これは皮肉で自己実現的な予言である。

7月のワルシャワ・サミットでとり上げられるようだが、さらに強気に出てくるロシアを今後も抑止していくには多くの改革が必要だとNATOは認識するだろう。NATOとEUとが真剣に協力しあう関係が最も重要な要素の一つとしてあげられるが、残念ながらキャメロン政権はそれを邪魔し続けてきたのだ。ここにも皮肉があって、頑なに拒否する態度は離脱派だけのものではないのだ。

イギリスのEU離脱問題は根本的には保守党の問題である。1961年に加盟交渉を開始したときから、マクミランはこの問題が党を二分する可能性があると予測していた。20世紀初頭に自由貿易が問題となったように、これは一世代続く問題になるだろう。英国しか知らない者は英国について何を知るべきだろうか。キップリングの投げかけた質問は彼の詩以上に本質を突いているが、EU離脱派は聞きたくないものだろう。離脱派の人々は世界がどれくらい危険なほど相互依存状態になっているか相変わらずほとんど理解していないし、世界の主要グループに属する国だけが、台頭してくる挑戦的な国に対抗する国際法を支える力や意志を持つことを理解していない。キップリングの「島国の人々(islanders)」のように、離脱派はイギリスが見せかけのオフショア・タックス・ヘイブン、大型の都市国家、シンガポールのようなものになることを夢見ている。彼らはイギリス人がもう一度三等車を選択すべきだという考えに、とても満足しているようである。

執筆者:クリストファー・コーカー (ロンドン大学経済政治大学院 (LSE) 教授)


原文は、2016年5月20日付のRUSI Journalに掲載された Who Only England Know です。