ホラーサーン地域のイスラム国

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ダーイシュはアフガニスタンに足場を築きあげてきたが、タリバンと対立関係にあることで、彼らが確固たる土台作りに成功したというには程遠い。

アフガニスタン、パキスタン、中央アジア、イランにまたがる「ホラーサーン」と呼ばれる地域で、イスラム国、ISISと呼ばれるダーイシュの活動が初めて報告されたのは、2014年の夏の終わりのことである。初めの段階では、状況監視にあたっていたスタッフやISAF(国際治安部隊)、さらにISAFの任務を引き継ぎ、「断固たる支援作戦」を実行していた部隊は、それが単なるプロパガンダだと相手にしていなかった。しかし、ダーイシュについて知るにつれて、彼らの態度は変化していった。

アフガニスタン政府は2015年初め、翌年末に迫った米軍の撤退を思い止まらせる口実として、アフガニスタンにおける「ISの脅威」を喧伝していた。それは欧米メディアによって伝えられていたが、当局の説明が誇張であるという証拠が一方で存在していた。しかし時間の経過と共にダーイシュがアフガニスタンに存在することを示す証拠も確かなものとなっていった。そのため、それがどのようなもので、どのような脅威かを正確に把握することが、アフガニスタンや欧米だけでなく、中国やイラン、パキスタン、その他の中央アジア諸国にとって重大な関心事となっている。

ダーイシュという集団の本質を理解するため、RUSIはスミス・リチャードソン財団の資金提供を受け、ホラーサーンのダーイシュに関する研究プロジェクトを立ち上げた。既にこのプロジェクトは、ダーイシュのメンバーや村の長老、この地域の他の反体制組織のメンバー(ほとんどがタリバンとパキスタン・タリバン運動(TTP)に属する)、地方行政の当局者への聞き取り調査を行い、アフガニスタンとホラーサーンにおけるダーイシュの存在について、より正確で詳細な全体像を把握することに貢献している。

単純に数字だけを見ても、いくつかの情報筋(ダーイシュの上層部、アフガニスタンとパキスタンの治安当局、イスラム革命防衛隊など)が、ダーイシュが、アフガニスタンでは7000から8500人、パキスタンでは2000から3000人であるという一致した見方をしている。これらは戦闘員と支援者を含むダーイシュの全ての現役メンバーの数である。

2014年の後半から2015年初めまでの数か月間で、タリバン、過激派組織ヒズビ・イスラミ、およびその他の武装組織の指導者たちは、組織のくら替えを行い、その結果、アフガニスタン全土にダーイシュ系の組織が出現した。そして2015年春以降、特に守備のしやすい山岳地帯である東部のナンガルハール州のコーギャニが拠点として慎重に選ばれ、そこにできた強力な基地によって、組織を強化する動きが始まっているようだ。重装備のダーイシュの組織は、これらの地域に集結し、強力な防備を固めることになるだろう。

かつてのタリバンらがダーイシュと手を組むことになったのは、恐らく、ダーイシュとアフガニスタンのタリバンの間で武力衝突が激化したためだろう。初め、彼らの関係は平和的なものであった。先にアフガニスタンで活動しているパキスタン、中央アジア、中東の様々な組織と協力し、「聖戦(ジハード)の領域」を共有するイスラム聖戦(ジハード)組織の新たな仲間同士として、アフガニスタンに定着することを認めるよう、ダーイシュは2014年夏から秋にかけ、タリバンを説得していた。しかし、実際にはダーイシュがタリバンの指揮官らを積極的に引き入れる活動を続けており、その引き抜きがある程度うまくいっていることが、2014年末、明らかとなった。そのため両者の間は緊張し2015年2月にヘルマンド州で武力衝突が発生、その後、ダーイシュの活動は急速にアフガニスタン全土に拡大していった。

その段階では、ダーイシュの指導者はタリバンと戦争を始めるつもりはなかったようだ。アフガニスタンとパキスタンでのダーイシュの足場は、タリバンのものと比べてひ弱であった。ナンガルハール州で起きた2015年6月以降の最も激しい武力衝突は、部族間の対立とタリバンの指揮官同士の競争によってもたらされたものであり、ダーイシュの戦略によるものではない。ダーイシュは戦いの第1段階から戦略的な勝利を手にし、初めてシンワリとモフマンド・ダラで比較的大規模な領土をその支配下に置いた。しかし、タリバンとの開戦でアフガニスタン、または一部のパキスタンのダーイシュ系組織が、タリバンからの強い圧力にさらされることになった。ヘルマンド州カジャキのダーイシュの主要な基地は破壊され、アフガニスタン西部においては、当時、ダーイシュを共通の敵としていたタリバンとイラン革命防衛隊が共同で作戦を行い、複数のダーイシュ系組織を壊滅させたことによって、ナンガルハール州における勝利はダーイシュにとって損にも得にもならないものとなった。

ダーイシュは現在、アフガニスタン全土だけでなく、TTPが攻撃の準備をしているパキスタンにおいても、守勢に立たされている。潤沢な投資やメンバーに対する好待遇は、多くの新規応募者にとっては魅力的に思えるようである。ただ、この状況では、逆に新規メンバーの採用が遅れることになるだろう。ダーイシュがこれまでで最も勝利を収めたナンガルハール州においては、形勢は不利になりつつある。タリバンは2016年1月初め、突然の資金援助により復活し、活動を再開、去年夏、ダーイシュに奪われた土地を再び奪回しつつある。これらの地域はダーイシュにとって戦略上重要な場所ではないが、これ以上後退を続けることは、無敵の集団としてのイメージを損ない、新規メンバーの採用にすら影響を与えることになろう。更に、ダーイシュの情報筋によれば、アフガニスタン北部で活動する、中央アジアの組織との強い人脈を利用して、中央アジアにおける活動をもっと活発化するよう、支援者の一部から圧力をかけられているらしい。このままでは、守備がたやすく(物資の)供給も容易な地域へ侵攻するという、現在のダーイシュの戦略と矛盾することになってしまう。

新たな研究プロジェクトの初めの調査結果として言えることは、ダーイシュはアフガニスタンで、その足場を固めつつ、拡大を続けていると言うことだ。だが、その道のりは、凱旋というよりも障害物競走のようである。ダーイシュはこれまで主にタリバンを相手にしてきたが、このまま反政府組織との紛争ばかりを続けているわけにはいかないだろう。

執筆者:Dr Antonio Giustozzi, Associate Fellow at RUSI


原文は、2016年2月5日付 RUSI Commentary に掲載されたThe Islamic State in ‘Khorasan’: a nuanced viewです。